食事時間を短縮するには


写真2 咀嚼補助装置(LAP)
写真2 咀嚼補助装置(LAP)

 舌の重要な機能の一つに、咀嚼の補助機能があります。
 舌は食べ物を奥歯の上に導いて、咀嚼が適切に行われるように働いています。しかし舌が切除されてしまうと、この機能が働きません。多くの場合、舌を切除した跡を埋めるために腕・胸・背中・大腿部から皮弁を取ってきて移植します。それを再建舌と言います。

 皮弁は筋肉ではありませんので動かすことは出来ません。再建舌は、血管が繋がっているだけで神経は切れています。

 食べ物を口の中で動かそうとすると、残存舌は再建舌も一緒に動かすことになるので、その可動範囲は非常に限られます。多くの場合、前後方向にわずかばかり動かせるだけです。健常者のように、前方に伸ばしたり、前後左右に動かすことは非常に制約されます。

 ですから、食べ物の咀嚼と嚥下に時間がかかるのが通常です。

 さらに舌を切除されると問題なのは、前歯と舌の先端部との間に空間ができることです。

 前頁の図1をご覧ください。前歯と舌先の間には大きな空間が形成されます。口に入れた食べ物がこの空間に落ち込むと、本人には食べ物の所在が分からなくなります。

 舌先が無いと、この空間に落ち込んだ食べ物を奥歯の上に運ぶことが出来ないので、咀嚼することが出来ません。多くの場合箸や頬を使って、奥歯の上に運びます。そのため食事に多くの時間を要しています。

 たとえ咀嚼が出来たとしても、咀嚼物がこの空間に落ち込んでしまうと、喉の方向に運ぶことが出来なくなります。嚥下動作を何度繰り返しても、食べ物を飲み込むことが出来なくなります。

 そこで 前歯と舌の先端部との間にできる空間を事前に詰めて置くことが考案されました。写真2はその一例です。咀嚼と嚥下補助用の装置で嚥下補助装置(略称LAP:Lingual Augmenion Prosthesisと呼ばれています。

 

図2 LAP装着図
図2 LAP装着図

 右の図2は下顎にLAPを装着したところです。

 前歯の後方に土手を作って、舌先端部との空間を詰めていることが分かります。

 土手の幅・大きさなどは、残存舌を最大限伸ばしたときに舌の先端が土手の壁面と接触する位置を目安に決められます。

 食べ物を奥歯の上に乗せて、それを咀嚼したものを喉の方へ運ぶ動作は非常に複雑です。実際には舌だけでなく、頬による補助的動きに助けられて、一連の動作が進行します。

 LAPを下顎に装着すると、装着しない場合に比べて、咀嚼がスムーズになり、咀嚼物を後方に送る作業も楽になります。結果的に食事時間の短縮になります。

(これらの動作は、次頁の嚥下造影検査のビデオをご覧ください。)

 下の図3図4を使って、LAPの作用効果を説明しましょう。

 

図3 咀嚼物の流れ
図3 咀嚼物の流れ

 右の図3は、舌の断面を示す図です。(前頁の図1参照)

舌の上側には、硬口蓋(上顎)があり、そこに舌接触補助床(PAP)が装着されています。下顎には、嚥下補助装置(LAP)が装着されていますが、図中では片側のみがグレーで図示されています。

 次頁にはLAPを装着した場合と非装着の場合の嚥下造影ビデオを掲載していますが、その撮影方向を青色の矢印で表示しました。

 もしLAPが無いと、食塊(ビデオでは高粘度の造影剤を使用)が口腔底に落ち込んでしまいます。その様子を赤い塊りで図示してあります。

 舌は前後方向にわずかに動くだけですが、前方(前歯側)に押し出すと、図のように再建舌が盛り上がります。逆に後方に引くと、舌の表面は口腔底のライン(図中の「舌背の最低位置」)まで降下します。

あたかもLAPの壁面に沿って舌が上下に運動しているかのような現象が生じます。

 この運動によって、奥歯の上で咀嚼された食塊が口腔底のレベルにまで落ち込んで来ます。

 下の図4は、この現象をLAPの上方から見たときの説明図です。

図4 LAP上の食塊の流れ
図4 LAP上の食塊の流れ

 図中の赤い矢印が食塊(造影剤)の流れです。食塊はLAPの側壁に沿って、口腔底へと流れ込みます。

 この様子は次頁の嚥下造影ビデオでご覧になれます。

この嚥下ビデオのうち、最後のビデオ(高粘度の造影剤を使った場合)が、通常の固形食の食塊の動きを表すものとなります。

 ビデオ撮影の結果から、LAPの作用効果を説明したものが図3図4です。

 ビデオ撮影では、標準の造影剤を使った嚥下映像も掲載しています。これは流動食を咀嚼・嚥下するときの映像に相当します。