舌がん患者は、①言葉が不明瞭になる、②摂食がうまくできなくなる、③味覚を失う、という大きな障害を負うのが普通です。中でも、自分の言葉が正しく聞き取られていないことを知ると、他人とのコミュニケーションに自信を失います。たとえば人によっては、電話に出ることも出来なくなります。引き篭もりになる人も多いです。
そして将来もこのような状況が続くのではないかという強い不安に陥るのが普通です。その結果、多くの舌がん患者は落ち込んでしまいます。
自分の異常な音声が、将来どれくらいの時点でどの程度改善するのか?しないのか?、非常に不安に駆られます。
しかし医師も看護師も誰も、回復の見込みがあるのかないのかを語ってくれません。
偶々ここに、舌がんで舌亜全摘手術を受けて、舌の3分の2を失った筆者が手術前から6年後までの間に、その時々の自分の音声を録音したものがあります。これは舌がん患者の音声の貴重な回復記録です。手術で舌を3分の2も切除しても、半年の間にかなり回復し、6年もすると日常生活に大きな支障がない程度に回復することを示しています。
もちろんこの間に本人が発音訓練マニュアルでトレーニングをした結果です。筆者の体験談も残っています。「舌がん(1)」がその体験談です。
そこで「6年間のおしゃべり音声履歴」をお聞かせします。録音時期は、手術2日前・手術後15日目・3週間目・1ヶ月目・2ヶ月半後、6ヶ月後・6年3ヶ月後と6年3ヶ月後にPAP装着した時です。約9分の音声です。
下のオーディオの矢印(▶)をクリックしてください。音声が流れます。
※もし音声が止まった時は、オーディオのアイコンの右端にある3点マークをクリックして、「ダウンロード」をクリックしてください。なおスマホでは音声が出ません。
若干補足説明を加えておきます。
1.録音時期の解説は、手術後6年後に吹き込んだものです。つまり6年後の音声です。手術直後の音声との違いを比べてみてください。その違いがお分かりいただけるかと思います。
2.手術後初めて声を発したのは、手術後15日目でした。この時の音声が余りにも不明瞭なので録音テープの故障ではないかと誤解される恐れがありましたので、最後に健常者(介護者)の音声を入れました。テープの故障でないことがお分かりと思います。
3.患者は手術後1ヶ月頃から発音のリハビリに取り組み、6年間続けました。
こちらをクリックすると、発音訓練マニュアルが開きます。手術後3カ月間入院していましたが、入院中は毎日5分間お喋りすることにしました。その音声記録が上記のテープの音声です。また毎日の散歩においては、数字の1から順に1000まで数を数えるようにしました。これも発音のリハビリになります。
次に、新聞を朗読した時の音声履歴を掲載します。5年半の新聞朗読の音声履歴です。
録音時期は手術2日前・手術2ヶ月後・半年後・1年後・5年半後です。
下のオーディオの矢印(▶)をクリックしてください。音声が流れます。
最後に申し上げたいことは、この記録によって、舌の一部を失っても言葉の不明瞭さは経日で改善されることが実証されました。
この音声記録が手術直後にしゃべることに自信を失ったり、絶望感で精神的に落ち込んだりしている方々に希望を与えるものであることを願っています。
あなたのリハビリの努力によって、発音のレベルは確実に向上することを知っていただきたいと思います。
私は手術直後の自分の言葉(発音)に絶望的なほど失望をしました。しかし今振り返ると、もし誰かが今日のレベルまで回復することを教えてくれていたら、そうした気持にはならなかったでしょう。唯一頼りにしたのは、ある看護師さんが「入院中よりも、退院して1年後に外来で来られた時の方が言葉が分かりやすくなっていますよ」と言った言葉でした。
それを聞いて私は、手術後1週間から言葉のリハビリに取り組みました。
自分がしゃべりにくいと感じた約2千の単語を単語帳にして、毎晩それを読みました。
病院の言語聴覚士の先生の指導も受けました。退院後の私は、気が狂ったように、無我夢中ででリハビリの方法論を求めて、多くの専門書や学術論文を漁りまくり、大学の先生方7人(教授5名・准教授1名・講師1名)を訪ね歩きました。しかしどの人も自分のような舌がん患者に会ったのは初めてということで協力を得られず結果は空しいものでした。
プロの腹話術師は、言葉の回復が早いとの話を聞き、退院後に自宅に呼んで会いました。しかし腹話術の方法は全く役立ちませんでした。ただプロの腹話術師がくれた腹話術の技術論の中の調音音声学の記述が勉強になりました。
今までに自分で経験したことのうち、他の同病の方達に参考になることを3編にまとめて掲載しました。
「言語を明瞭にするには」、「咀嚼・嚥下を良くするには」、「咀嚼・嚥下をビデオで見る」のそれぞれ下線部分をクリックすればページが開きます。ご参考になればと思います。
また自ら研究し、退院後の4年間に5件の学術論文を発表しました。関心のある方は、下記の文献を開いて抄録をご覧ください。
舌切除患者と聞き手の間の会話頻度が発語明瞭度に及ぼす影響について
舌切除患者の単モーラ発語明瞭度検査における被験者の聴取能力に関する検討
舌切除者の異常音声を利用した単語知覚の研究(第1報)トップダウン処理の働き
舌切除者の異常音声を利用した単語知覚の研究 : 第2報 単語知覚に及ぼす要因と影響
口腔・咽頭がん患者会
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